山鹿灯篭祭の歴史は1000年以上!!その魅力をご紹介します!

九州エリア

熊本県山鹿市の山鹿灯篭祭りを知っていますか?

山鹿市で1000年以上続いている歴史ある祭りです。

しかも、女性が頭に灯篭(紙と糊で作られた)をかぶって踊る祭りは、日本全国で随一、熊本県山鹿市の「山鹿灯篭祭り」だけなんですよ!

今回は、そんな「山鹿灯篭祭り」の魅力をたっぷりお伝えいたします。

私はヨガを習っているのですが、昨年、そのヨガの動きを活かして、生まれて初めて「山鹿灯篭祭千人灯篭踊り」の踊り手として参加させて頂きました。

前日が台風だったため、中止にならないかハラハラした「山鹿灯篭千人踊り」の様子も、ぜひご覧くださいね。

山鹿灯篭祭りとは

「山鹿灯篭まつり-山鹿探訪なび」より引用

熊本県三大祭には、熊本市の藤崎八幡宮秋季例大祭、八代市の八代神社の妙見祭、そして山鹿市の山鹿灯篭祭りがあります。

2018年には、76歳の若さで他界した世界的デザイナー山本寛斎さんが、「山鹿灯篭祭」保存会の踊り手が着る浴衣のデザインを手掛けました。

「山鹿灯篭/元気プロジェクト」より引用

 

山鹿灯篭祭りの由来

灯篭祭りは景行天皇伝説に由来があるともに室町時代に始まった行事とも言われています。

景行天皇伝説

景行天皇が現在の山鹿大橋付近で濃霧に巻き込まれ進路を見失ってしまった時に、山鹿の里人が松明を灯して天皇を導いたと言われています。

その後住民は今の大宮神社が建てられた場所に景行天皇をまつって毎年松明を奉納したという言い伝えがあります。

現在の山鹿大橋の様子

 

  

 

室町時代起源説

山鹿灯篭祭りは室町時代に始まった行事とも言われています。

室町中期、山鹿の温泉が枯れた時に、今の山鹿金剛乗寺の祈祷によって再び温泉が湧き出たそうです。

宥明法印が亡くなった後、その追善のため灯篭が奉納されたとも言われています。

戦国時代になり山鹿灯篭祭は一度は途絶えてしまいまたが、文禄年間に再び復活したと言われています。

やがて明治時代になると木村仙太郎らの優れた灯篭師が現れ、大宮神社に多くの灯篭が奉納されました。

灯篭踊りは昭和30年頃に藤間流の藤間勘太女(ふじまかんため)(本名:高橋キヌ)がお座敷用の踊りとして考えたものを振り付け直したものになります。

山鹿灯篭祭りのながれ

奉納灯篭

大宮神社に奉納される灯篭(奉納灯篭)は、各町の灯篭師(とうろうし)が制作します。

奉納灯篭は、8月15日にそれぞれの町で展示されます。

各町での展示を終えた奉納灯篭は、8月17日を迎えた頃に、各町から大宮神社まで「ハーイトウロウ」の掛け声とともに運ばれて行き、これが「上がり灯篭」と言われるものになります。

かつては、明け方に神社での展示を終えた灯篭を各町に持ち帰って「下がり灯篭」が行われていましたが、現在は神社の灯篭殿に収蔵され、翌年まで引き続き展示されるようになりました。

花火大会と灯篭踊り

灯篭踊りは、大宮神社および参道、お祭り広場、山鹿市立山鹿小学校グラウンドで見ることができます。

普段の山鹿小学校グラウンド

祭りの初日の8月15日、午後6時30分から大宮神社境内で「奉納灯篭踊り」が奉納されます。

その後、参道や祭り広場で、灯篭踊りが披露されます。

お祭り広場での踊りは夜遅く午後11時過ぎまでつづくんですよ!

8月15日には午後8時から菊池川河川敷で花火大会も行われます。

8月16日は、午前10時から大宮神社で例祭献幣式が行われ、この日の灯篭踊りも夕方からお祭り広場などで披露され、午後8時30分頃には菊池川河川敷で、景行天皇奉迎儀式と松明行列も行われます。

そして、午後6時45分からと9時30分から山鹿市立山鹿小学校グラウンドで行われる「千人灯篭踊り」がこの祭り最大のクライマックスです!

山鹿灯篭千人灯篭踊り

頭上に金灯篭(かなとうろう)をのせた浴衣姿の女性たちが、優雅で乱れない踊りを見せる姿はとても艶やかで、思わず誰もが息を飲みます。

この千人灯篭踊りに参加した私も、踊り手の主役の1人としてがんばりました!

優しい響きの「よへほ節」が会場に流れ、ほのかな暗がりの中に千の灯籠が浮かんで揺らめく様子は、とても幻想的ですよ。

「千人灯篭踊り」参加への条件(執筆者本人が昨年参加したときの)

毎年6月3日頃からインターネットなどで一般の踊り手の募集があります。

定員は200名ほどです。

  • 高校生以上の女性
  • 山鹿灯篭踊りたい、山鹿市内・外(県外)女性の方
  • 7月6日~27日に計8回開催される練習会に3回以上参加

金灯篭やそろいの浴衣、帯、草履は実行委員会が無料で貸し出してくれます。

定員200名が揃うまで募集は続くようです。

説明会では、祭りに参加された女性は、「山鹿灯篭祭千人躍り手」を引き継げる後継者と堂々と名乗っても良いとも言われました。

ちなみに執筆者は昨年は、山鹿鹿校通りというチームに所属してで仕事で熊本に来ていたベトナム出身女子5名と一緒に参加させてもらいました。

山鹿灯篭千人踊りの隠れ名物

J-ARTIST.COM | ジェイ・スピリット ギャラリーが推薦する作家・作品の紹介サイトです (j-artist.com)より引用

山鹿市在住の方には馴染み深い「山鹿灯篭祭」のポスターです!!

熊本県天草市出身の画家、鶴田一郎さんが長年にわたって手掛けられています。

独特の繊細なタッチが特徴で描かれた美人女性画家の1人でもあります。

1987年5月から1998年11月まで続いたノエビアのCM「コスメティックルネッサンス」シリーズで起用されたことで有名です。

私は、ハッキリしない一重瞼がコンプレックスでしたが、鶴田一郎さんの描く切れ長の目の女性の絵は、私に限らずハッキリしない一重瞼がコンプレックスの女性の憧れになったと思います。

一部の山鹿地域では、いつも鶴田一郎先生が描いた「山鹿灯篭祭」のポスターが飾られています。

中には、色褪せている状態のまま飾られているポスターもありますが、それだけ鶴田一郎先生の描く切れ長の目の女性は、山鹿市と「山鹿灯篭祭」に地域に愛されている関係が伺えますね!

多分ではありますが・・・上記画像の女性は「保存会」の女性がモデルと思われます。

私の山鹿灯篭祭りとの出会い

遡ること10年近く前の当時、私は、山鹿市の婦人服ブテックで働いていました。

8月のお盆休み期間に出勤していた私は、その日休みで私の仕事の送迎をしてくれた主人と観た花火の綺麗さに感動しました。

自分のノルマが達成できなくて借金を重ねてかなり疲れ果てていましたが、花火を観ていると、普段の世間への不満・愚痴・悩みが一瞬消える気がしました。

その10年後の昨年、まさか初めて「山鹿灯篭千人踊り」に踊りてとして参加するとは思ってもいませんでした!

練習会で先生方が揃った踊りを手本として見せて頂いたとき思わず背筋が感動で震え、ずっと参加し続けたいと思いました。

練習会も、踊りの覚えが悪い私に振付担当の先生は個別指導までして下さいました。

子供の頃から何1つ自分に自信が持てなかった私ですが「山鹿灯篭千人躍り」の参加は私にとっては今までにない大イベントでした。

何といっても大勢の前で踊るしかも舞を披露すること事態が生まれて初めての経験でしたし、「山鹿灯篭千人躍り」に参加することにより、自分は改めて熊本の女という誇りが持てました。

本番当日は、練習のときと違って堂々と躍ることが出来ました。

グラウンドに入場して頭上を見上げたら!数十台のドローンが撮影していました。

「千人灯篭踊り」の様子は、何と!YouTubeにて世界に生放送されていた様です!

浴衣姿の女性1000人 熊本・山鹿灯籠まつり「千人灯籠踊り」
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女性千人の優雅な舞「千人灯籠踊り」
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まとめ

  • 「山鹿灯篭祭り」は、熊本県山鹿市で1000年以上も歴史ある祭り
  • 8月15日~16日に開催
  • 「山鹿灯篭り」の名物「山鹿灯篭千人躍り」は、山鹿市立小学校グラウンドで行われる
  • 8月16日午後8時頃から菊池川河川敷で観られる花火も必見!
  • 「千人灯篭踊り」の参加資格は、高校生以上で山鹿灯篭を踊りたい!という女性

※山鹿市内・熊本県内外・外国人の方も参加可です。

2021年は、コロナウィルス対策が万全で安全を考慮して全国の花火大会・祭りが再開されるのを祈るばかりです。

これから先も、「山鹿灯篭祭」の伝統が、100年300年、1000年以上も永遠に語り継がれることを願って私は、自分の体力と精神が持つ限り、「山鹿灯篭祭」をずっと、サポート続けたいと思います。

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